メキシコシティで暮らすmangoの超・私的通信


by mangorico3
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モレーリアへ!

モレーリアに行ってきました。
思えば去年の11月に、仲の良い友達家族を訪ねる予定だったのが風邪のため中止になり、今回やっとそれが叶ったというわけです。
メキシコシティからモレーリアまではバスで5時間です。
久しぶりの遠出!
普段とは違う景色、違う空気を吸うのはいいですね。

私の友達の家は、小さな食堂をしています。
おばあちゃんとお母さんが料理を作り、息子さんやその友達が店を手伝っています。
私が遊びに行った土曜日は食堂が開いている日で、私もお客さんと一緒にお昼をごちそうになりました。
ここに来れば、「メキシコの家庭料理」が食べられます。
こってりしていなくて、優しい味が大好きです。
↓お店を手伝っているフェルチョくん。
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↓息子さんのラサロ
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このお店、というかこのお家には、人が大勢集まります。
息子さんたちの友達なのですが、朝から晩まで誰かが出入りしていて、まるで大家族のようです。
お客さんがいない時には、ギターを弾いたりピアノを弾いたり歌を歌ったり、ただ冗談を言って笑いあったり。
土曜の夜は、明け方までビール片手にどんちゃん騒ぎ(?)をしたりしています。
といっても好き勝手させているわけではなくて、みんなお母さんとおばあちゃんに一目おいています。
女手ふたつで店を切り盛りするこの二人は、『dueña(ドゥエニャ、女主人の意)』、『 jefa(ヘファ、ボスの意)』と呼ばれていて、優しくて強いみんなのお母さんでもあるのです。
↓お客さんがいなくなったあと
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↓食べ物をじっと見つめる、飼い犬チェステル
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こんな感じで、モレーリアの家は私にとってとても居心地のいい場所です。
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# by mangorico3 | 2007-03-04 12:49 | メキシコの旅

恐るべしトウガラシ

今日は、salsa mexicana (サルサ・メヒカーナ)を作りました。
サルサ・メヒカーナは『メキシコのサルサ(ソース)』の意。
メキシコにサルサは数あれど、『メキシコの』という形容詞がついたのはこれだけ。
作り方は簡単。
生のトマトと玉ねぎと青トウガラシを細かくみじん切りにし、塩で味付けしながら混ぜます。
以上!(お好みでコリアンダー(香草)が入っているものもあります)
これが『メキシコのサルサ』と呼ばれるわけは、メキシコの国旗色、赤・白・緑が配されているからです。
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彩り鮮やか。
トマトの甘さとみずみずしさ、そこにピリッとアクセントをつける青トウガラシ。
このサルサをいれてスクランブルエッグを作ったり、タコスやスープに加えたり、用途は色々です。
そのサルサを、今日初めて作りました。

が、私は青トウガラシというものを少々侮っていたようです。
材料をすべて切り、塩をふって混ぜ終えた頃。
青トウガラシを触った手で、つい目のふちを触ってしまいました。
すると、しみることしみること!
しまったーーーーーーー!
慌てて石鹸をつけて手を洗い、目も洗いましたが痛みは続きます。
さらに、私の左手がじんじんと痛み出しました。
もしやと思ってセニョーラに聞くと、
「トウガラシのせいね。私はもう慣れてしまって、そんなこと全然ないけど」
との答え。
なんとトウガラシは、舌だけでなく手でも感じるもののようです。
それから約1時間半が過ぎた今でも、手は熱をおびて痛みます。
もう一度石鹸で洗いましたが、効果なし。
トウガラシ、恐るべし。

こんな威力のあるトウガラシ、何かにつかえないでしょうか。
たとえば、汁をスプレーボトルに詰めて、護身用に持ち歩くとか・・。
なんせ、触れただけでも痛いんだから、目に吹きかけられた日にはもう、のた打ち回ることでしょう。
全国の非力な女性の皆さん、ぜひお試し下さい(ウソです)。
あー早く痛みがひかないかなあ・・・。

後日談:翌日の朝も、まだ手がじんじんしていました。
ホントに、恐るべしトウガラシ・・。
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# by mangorico3 | 2007-02-27 15:05 | メキシコ雑学
世間って狭いなあ!と感じたことをひとつ。

先日、私が勤めるオフィスを訪れたお客さん(メキシコ人)が、私の顔をまじまじと見て、「あなた、京都の人ですか?」と日本語で聞いてきました。
たしかに私は和歌山出身ですが、京都には7年半住んでいました。
でも、見覚えのない人に突然そう言われて、ちょっとあやしいぞと思い、「いいえ」とだけ答えました。
しかし彼はさらに、「でも、京都に住んでいたでしょう、3年前くらいに」と、イヤマッタクソノトオリなことを聞いてくるのです。
『知り合い?でも見覚えがないし・・どういうこと?!』と混乱する私に向かって、
「私、ゴンサロです」と名乗りました!
あーーーーーーー思い出した!!!!
そう、あれは3年前の春。
私は当時京都に住んでいて、某会社で営業をしていました。
その頃の友達から、「スペイン語のテキストを作って出版しようとしているメキシコ人がいるんだけど、日本語があまりできないから、翻訳するのを手伝ってあげて」と頼まれたのです。
日本語ができないのに日本人向けのテキストを作るなんて、なんて無謀なんだ!?と思いつつ、なんとなく引き受けてしまいました。
そうして知り合ったのがゴンサロでした。
実際にやってみると、本当に無謀なことでした。
彼は外国人としては日本語が上手なほうでしたが、日本語の読み書きができませんでした。
それで私が、彼がスペイン語で書いたテキストを日本語に訳していきました。
しかし私だって、大学で4年間スペイン語を学んだとはいえわからないことだらけ。
むしろテキストを読む側の人間です。
これは一体どういう意味なの?どういう場面で使うものなの?私が今まで理解していたのと違うんだけど、どうして?
などなど、私の中にも次々と疑問がわいてきて、翻訳は進まず・・。
それでも、仕事が終わってからの時間や、仕事が休みの土日を利用して、私の家の近くのモスバーガーにこもって作業を続けました。
そんなことを1ヶ月も続けたでしょうか。
ついに彼はわけあって、京都を離れることになってしまいました。
翻訳は、約半分くらいしか終わりませんでした。
これから他に手伝ってくれる人を探さなきゃ、と言いながら彼は京都を出て行きました。
私は正直、私の翻訳なんか出版できるようなものではないし、あの調子じゃあムリだろうなあと思っていました。
それから、ゴンサロとはそれっきり・・だったのですが、まさかメキシコで再び出会うとは!

その日仕事が終わってからカフェで待ち合わせし、この3年間どんなふうだったのか話し合いました。
そして、お互いの生活が今、とても充実していることを喜びあいました。
なんと彼は、あの例のテキストを無事出版できたそう!
もちろん私が翻訳したものそのままではありませんが、それでも嬉しいです。
あの頃は、忙しい中時間を作って、わからないなりに一生懸命でした。
(しかも、ノーギャラなのに何で?)
今となっては、あの一見無駄な時間も貴重なもの。
それに、スペイン語と全く関係のない仕事をしていた私にとって、再びスペイン語に触れられることも喜びでした。
こうしてバッタリ、メキシコで再会できるなんて、不思議な縁でもあるんでしょうか。

いやー世間って狭いなあ。
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# by mangorico3 | 2007-02-18 11:40 | つれづれなるままに
最近、インターネットを通じて物語を『聴いて』います。
『不朽の名作文学を日本を代表する俳優・女優が朗読する』といううたい文句がついていて、日本の活字に飢えている私にはぴったりでした。
たまたま、最新のものが芥川龍之介の『杜子春』でした。
恥ずかしながら『杜子春』は読むのも『聴く』のも初めてでした。
ストーリーをご存知の方、今さらですが少しお付き合い下さい。

物語は、ある春の日の夕暮れ、杜子春という若者が洛陽(中国)の西の門の下でぼんやりとしているところから始まります。
彼はもともとお金持ちの息子でしたが、財産を使い尽くして、今では家も仕事も金もない哀れな身分でした。
食べ物を恵んでくれる人も、宿を貸してくれる人もない乞食です。
彼は、こんな思いをして生きているくらいなら、いっそ川に身を投げて死んでしまったほうがましだ、と投げやりになっていました。
そんな杜子春の前に、一人の老人が現れます。
そして、黄金のありかを教えてくれるのです。
そうして杜子春は、洛陽一の大金持ちになりました。
ひとたび大金持ちになると、彼はありとあらゆる贅沢を尽くします。
今まで見向きもしてくれなかった友人たちも家に押しかけ、都中の美人が集まり、毎日毎日宴会を開きます。
しかし、そんなことをしていると3年ばかりで金を使い切ってしまい、あっという間に元のような貧乏にもどってしまいました。
そうすると、毎日遊びに来ていた友人たちもよりつかなくなり、あいさつするものもなく、宿を貸すどころか一杯の水すらも恵んでくれる人がいなくなりました。
一文無しの杜子春はまた途方にくれて、洛陽の西の門の下でぼんやりとしていました。
するとまた、あの老人が現れて黄金のありかを教えてくれます。
杜子春は喜んで、以前と同じく贅沢の限りを尽くし、そしてまた一文無しに戻りました。
三度、途方にくれて西の門の下でぼんやりとしているところへ、老人が現れます。
そして、黄金のありかを教えてくれようとするのですが、今度は杜子春はこう言います。
「いや、お金はもういらないのです。」
「金はもういらない?では贅沢をするにはとうとう飽きてしまったとみえるな」
「なに、贅沢に飽きたのじゃありません。人間というものに愛想が尽きたのです」
「こりゃあ面白いな。どうしてまた人間に愛想が尽きたのだ」
「人間はみな薄情です。私が大金持ちになった時には世辞も追従もしますけれど、いったん貧乏になってごらんなさい、優しい顔さえもしてみせはしません。そんなことを考えると、例えもう一度大金持ちになったところが、なんにもならないような気がするのです。」
そして、杜子春は老人に向かって、弟子にしてほしいと頼みます。

老人は、鉄冠子(てっかんし)という名の仙人でした。
仙人になるための修行として、鉄冠子は「何が起こっても、一言も声を発するな」と言いつけます。
峨眉山(がびさん)という山に移動した杜子春のもとを、代わる代わる魔物が訪れて何とか声を出させようとします。
ついには地獄に連れて行かれて、ありとあらゆる拷問を受けるのですが、声を発するなという鉄冠子の言葉を守ってじっと耐えます。
しかし、やせこけた馬の姿に変えられた両親が連れてこられ、ひどい拷問を受けても杜子春をかばい続ける姿を見てついに、「おっかさん」と声を上げてしまいます。
その自分の声にハッとすると、そこは洛陽の西の門の下、夕日を背にした老人と向かいあっていました。。
何もかもが、峨眉山に出発する前と同じでした。
「弟子になったところで、とても仙人にはなれないな。」
という老人に杜子春は、
「でも、なれなかったことも、かえって嬉しい気がするのです。いくら仙人になれたところで、目の前でムチを受ける両親を見て黙っているわけにはいきません。」
と答えます。
老人は言います。
「お前はもう仙人になりたいとう望みも持っていまい。大金持ちになることはもとより愛想が尽きたはずだ。ではお前はこれからあと、何になったらいいと思うんだ」
「何になっても、人間らしい正直な暮らしをするつもりです」
杜子春の声には、今までにない晴れ晴れとした調子がこもっていました。
「その言葉を忘れるなよ」
と言い残して、老人は去っていくのです。


「人間は薄情なものだ(人間=薄情)」という言葉と「人間らしい正直な暮らし(人間らしい=正直)」という言葉は矛盾しているのですが、その両方を持っているのが人間というものではないでしょうか。
私も人間のひとりで、薄情で残酷な一面を持っていると思うのです。
メキシコのあちらこちらにいる物乞いをする人びと、ぼろをまとってベンチに寝転がる人びと、信号待ちの車の前で芸をしてお金をねだる子どもたち。
そんな人たちと関わりたくないと思う私は、薄情ではないのかと考えることがあります。
メキシコに長く住んでいるとそんな光景にも慣れ、上手に無視できるようになるのです。
しかし単純にお金をあげればいいという問題でもなく、偽善と優しさの間で揺れ動きます。
日本にいれば考えることのない問いが、メキシコにはあります。
「人間は薄情なものだ」という言葉は、自分の中に薄情で残酷な部分があることを忘れてはいけないという戒めのように思います。
そう意識することで、いくぶんか謙虚になれる気がするのです。

そして、「お前は、何になったらいいと思うんだ」という問いかけは、今まで幾度となく繰り返してきたものでした。
進むべき学校を選ぶ時、仕事を選ぶ時、メキシコに行こうと決めた時、「私は何がしたいんだろう」と考えてきました。
その度に、「私は何者かにならなければいけない。何かを成し遂げなければいけない。」というプレッシャーを感じてきたのです。
「プロ野球選手になりたい」「コックさんになる」というような明確な目的を持っている人以外には、「何になるんだ」という問いはとても苦しいものです。
そんな中、杜子春の「何になっても、人間らしい正直な暮らしをするつもりです」という答えは清々しいものでした。
何になるかが問題ではなく、どんなふうに生きるかが大切なんだということを、私に教えてくれました。
そういえば、高校生の頃、私は「良い大人になろう」と決めたのです。
それは、「子どもだからってバカにせずをきちんと話を聞いてあげる大人、子どもたちに愛される学校の先生のような大人」という、ちょっと子ども(=自分)に都合のいいような考えだったのですが、大人の年齢になった今、やっぱりそんなふうになりたいなあと思います。
人生の目的が、「よりよい自分になる」でもいいですよね。
メキシコに来て、ただ日々を積み重ねるだけでも、家族(ホームステイ先の)がいて友達がいて恋人がいて、仕事があって、それがすごく幸せだと感じます。
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# by mangorico3 | 2007-02-17 16:47 | つれづれなるままに

スーパーマーケットにて

週末のスーパーマーケットにて、私の目をひいたもの。
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緑??茶・・。
緑という字に何か足りないんですが・・。
よくわからんけど、漢字らしきものがあるとカッコイイってことでしょうか。
さらに、スペイン語の部分に注目すると『té blanco』の文字。
téはテと発音し、お茶の意味。
そして、blancoはブランコと読み、白という意味です。
(豆知識:和歌山県白浜町にある施設『ハマブランカ』は『浜・白(ブランカ)』の意、つまり『白浜』という地名にひっかけています)
つまり『té blanco』は『白茶』を表しています。
し・・白茶って何?
パッケージの緑??茶の文字とあってないじゃん!
と、驚いて思わず写真をとりました。

さて、続いてはメキシコ在住の日本人にとってうれしいできごと。
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ハウス食品だ!!
小さなコーナーを設けて、ハウスのレトルトカレー、フルーチェ、そしてカレールウが売られています。
カレールウは小さいサイズで、1箱30ペソ(約300円)くらいでした。
もちろん日本に比べると高いですが、メキシコで手に入る日本食材としては安いと思います。
さっそく買って帰りました。
明日のお昼はカレーです♪
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# by mangorico3 | 2007-02-10 11:22 | メキシコ雑学

タマーレスの日

「東方三博士の日」に、ロスカというリング状になっているパンを職場で食べました。
そこには、モニートと呼ばれる小さな人形が入っていて、運良く(?)その部分のパンを食べてしまった人は、2月2日のcandelaria(カンデラリア)の日に、タマーレスをみんなに振舞うという習慣があります。
さてさて、今日2月2日、本当にタマーレスが振舞われましたよ。
モニートを引き当ててしまったのは4人。
みんなで割り勘して、25人分ほどのタマーレスを買ってきてくれました。
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さてさて、タマーレスとは何か。
~タマーレスの作り方~
①トウモロコシの粒をとる (ナイフでそぎ落とすなど)
②そのトウモロコシの粒をつぶして、水を加え、生地を作る
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③トウモロコシの葉で生地を包む
④蒸す
と、書くと簡単ですが、手間と時間のかかる料理です。
これは、クリアカンでのホームステイ先のセニョーラが作っているのを参考にしました。
②の行程は機械で行わないと大変なので、その行程はお店に持っていってやってもらっていました。
その家では、具をいれないシンプルなタマーレスを作っていましたが、様々な具が入ったタマーレスもあります。
例えば、今日私が食べたのは鶏肉とモレソースが入ったタマーレス。
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モレとは、様々な香辛料とチョコレートで作った独特なソースです。
他にも今日は、サルサベルデ(緑色のトマトと青唐辛子で作ったソース)が入ったもの、チーズとラハス(ピーマンに似た野菜)が入ったもの、甘いお菓子のようなタマーレスがありました。
タマーレスは地域によってそれぞれの作り方や味があり、さらにメキシコだけでなく中米各地で作られていているそうです。
そのバリエーションは500種類にも及ぶとか。

前回、メキシコの軽食としてタコスとトルタを紹介しましたが、タマーレスも忘れてはならない庶民の味です。
朝の通勤時間、街角にはタコスやトルタの屋台と並んで、タマーレスを売る人々を見かけます。
タコスやトルタは注文するとその場で作ってくれますが、タマーレスは作るのに時間がかかるため、前日に作ったものを大鍋にいれて持ってきて売るスタイルです。
その日の分が売り切れればお店はおしまい。
だから、屋台よりももっともっと簡易な形のお店です。
例えば、コンロひとつと大鍋ひとつだけのお店なんかがたくさんあります。
なんとなく、タコスやトルタよりも「家庭料理、お母さんの味」という気がするのです。
レストランにはおいてない料理、タマーレス。
メキシコに来て、偶然タマーレスを売るお店を見かけたら、ぜひお試し下さい。
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# by mangorico3 | 2007-02-02 10:56 | メキシコ雑学

メキシコの軽食

メキシコ料理といえば、tacos(タコス)を思い浮かべる人が多いと思います。
しかし、メキシコ人はタコスばかり毎日食べているわけではありません。
タコスは、トルティージャという、トウモロコシまたは小麦粉で作った薄い生地の上に具をのせて食べるものです。
トルティージャはメキシコの主食、日本でいうご飯にあたるものですから、いつも食卓にあがります。
おかずをトルティージャにはさんで食べれば、それは広い意味では”タコス”なのですが、メキシコ人はそれをタコスとは呼びません。
タコスと呼ばれるものは、(例外もありますが)あらかじめトルティージャの上に具がのせてある、または中に具が詰められています。
具やソースがたっぷり入ったタコスは、慣れないうちはボロボロと中身がこぼれて食べにくいのですが、メキシコの人たちは片手で上手に食べています。
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あくまでもタコスは、サンドイッチやハンバーガーのような『軽食』、『スナック』としてとらえられているように思います。
だからメキシコ人に、「毎日タコスを食べているのですか」と聞けば、「NO」と答えるでしょう。
大きさや具、または店によって値段が異なりますが、だいたい1個3.5~15ペソ(約35~150円)くらいと手頃です。
私の食べたことのあるタコスの最安値は5個10ペソ(約100円)でした。
メキシコシティを歩いていると、いたるところにタコスの屋台やタコス専門店を見かけます。
肉の焼けるいい匂いにさそわれて、ふらっと立ち寄ってみたくなります。

タコスと並んでメキシコでよく食べられる軽食といえばtorta(トルタ)。
こちらもいたるところに、屋台やトルタのお店を見かけます。
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トルタはごらんの通り、ぶ厚いパンに具をつめた、サンドイッチのようなもの。
中に挟む具は、milanesa(ミラネサ、衣をつけて焼いた薄い牛肉)、七面鳥のハム、pierna(ピエルナ、豚肉で作ったハムのようなもの)、ソーセージ、chorizo(チョリーソ、香辛料のきいた腸詰)、卵焼き、チーズなど。
その中から好きな具を組み合わせてオーダーします。
マヨネーズとアボガド、トマト、ハラペーニョ(青トウガラシの一種)はお好みで。
1個丸ごと食べるのは、女の子なら無理かも!
このボリュームで、値段は13~28ペソ(約130~280円)くらいと、これまたお手頃です。

タコスもトルタも、お店や、お店のある地域によって値段が異なります。
そして不思議なことに、きれいなレストランで出されるタコスやトルタよりも、道端の屋台で食べる油っこいそれが、安いくせに何倍もおいしいのです!
道端のタコス屋台で食べてお腹を壊す人がたくさんいるので注意しなければいけないのですが、自分のお気に入りの店を見つけるのは、メキシコ暮らしの楽しみのひとつです。
『常にお客さんでにぎわっているところ』が美味しいお店を見つけるためのポイントですよ。
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# by mangorico3 | 2007-01-28 08:49 | メキシコ雑学

rosca

1月6日は『東方の三博士』の日です。
キリストの誕生を知った三博士(tres reyes magos)が、キリストのもとにかけつけた日が今日だそうです。
この日、rosca(ロスカ)というリング状のパンケーキを食べるのがならわしです。
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これは前日の1月5日に、お客さんのひとりが会社に届けて下さったもの。
あちこち切り取られてしまって分かりづらいですが、輪っかの形になっていました。
パンケーキの上には、赤・黄・緑のシロップに漬けられたフルーツがのせられています。
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昨年のこの時期に、とあるショッピングモールに買い物に行くと、こんな大きなロスカがありました。
切り分けて、お客さんに配っているのを見ました。
町中のパン屋さんやレストランでは、ロスカが山のように積まれて売られているのを見かけます。
また、ロスカの箱を手に持って家路を急ぐ人々の姿も。
家族みんなで、切り分けて食べるんだろうなあと思います。

ロスカの楽しさは、『当たり付』だというところです。
パンの中にはひとつ(大きなパンだと2~3個)、小さなプラスチック製の人形が入っています。
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おむつをした(?)人形は、生まれたばかりのイエスを摸しているのだと思います。
まじまじと見ると、かわいくない・・ですよね。
monito(モニート、お人形の意)と呼ばれるその人形を見事引き当てた人は、2月2日のcandelaria(カンデラリア)の日に、みんなにtamales(タマーレス)を振舞わなければなりません。
タマーレスとは、とうもろこしの粉を練って、中に具をつめて、それをとうもろこしの皮にくるんで蒸した料理です。
もちろん誰も『ごちそうする側』にはなりたくないので、当たりたくないなあ!とドキドキしながら食べるのです。
実際、本当にごちそうしなくても問題はないようですが、会社の人に聞くと、去年は当たりをひいた人はちゃんとタマーレスを買ってきてみんなに振舞ったそうです。
見事はずれをひいた私は、こうなるとどっちが当たりかはずれか分からないですが、単純に来月のタマーレスを楽しみにしています。

カトリックではない私にとってこの日は、単純にロスカを食べるだけの日なのですが、ちょうどエドと電話をしている時に受話器の向こうでエドのおばあさんが、「三博士の日おめでとう」と言っているのが聞こえて、敬虔なカトリックである彼女にとっては意味のある、大切な日なんだなあと思いました。
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# by mangorico3 | 2007-01-06 08:46 | メキシコ雑学
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日本のみなさま、新年をいかがお過ごしでしょうか。
メキシコのお正月は、クリスマスの盛り上がりに比べると本当に地味です。
日本ではクリスマスが終わると、町中の飾り付けがガラッとお正月のものに変わるのに対して、メキシコのお正月はクリスマスの延長です。もちろんクリスマスツリーはそのまま。
電飾やサンタクロースの飾り付けをしてある家も、まったくそのまま。
日本人の感覚からするとなんだか違和感があるのですが、本当にお正月は、クリスマスの一部なのです。
クリスマスツリーはそのまま。
電飾やサンタクロースの飾り付けをしてある家も、まったくそのまま。
12月の上旬から24日にかけて、キリストの父母であるヨセフとマリアの巡礼を模した行事ポサダがあり、24日深夜から25日にかけてキリストの生誕を祝い、1月6日には『東方の三博士』がキリスト誕生を祝いにかけつけたことを祝います。
つまり、日本人が考えるクリスマスが12月24日・25日だけなのに対して、メキシコでは1月6日までがクリスマス期間なのです。

一般的にメキシコでは、日付が31日から1日に変わるとき、12回鳴る時計の音に合わせて、12個のブドウを食べるそうです。
そして、食べながら12個、願い事をします。
1秒に1個のペースで食べるのですから、必死になって食べていくのだとか。
12個も願い事を考えるのは、大変そうだなあと思います。
また、31日から1日にかけて赤い下着を身につけていると、『愛情に恵まれた1年』になり、黄色い下着をつけると『金運アップの1年』になると言われています。
特に赤い下着が人気で、12月には至る所で、赤いパンツが売られているのを目にしました。
けっこう信じている人が多いようです。

さて、今年の年末年始、私は、日本から遊びに来ていた友人Yさんと一緒に過ごしました。
31日の夜は、ワインや生ハム、メキシコのスナック菓子、手作りのおつまみを手におしゃべりをして、時計が12時を指した時には「あけましておめでとう!」と言い合いました。
と同時に、「パン!!パン!!」というピストルを撃つ音(空砲だと思いますが)や、爆竹のような音が鳴り響きました。
私は気づかなかったのですが、花火も上がっていたそうです。
それから1日は、お雑煮を作って食べましたよ。
当然ですが、日本のようにしめ縄や門松はないし、おせちもないし、1月2日からはもう仕事が始まったし、年賀状も来ないし(出してないから当たり前か・・)、なんだかお正月という気がしない年末年始でした。
考えてみればメキシコでは、12月24日に家族や親戚が集まって、プレゼントを贈り合い、神様に感謝しつつ健康や幸福を祈るのに対して、日本では同様のことをお正月に行っているのです。
と、頭で分かっていても、節目の時期が違うとやっぱり慣れないもの。
新年の実感がないままの、1月5日です。
日本のみなさんは、お正月を私の分も堪能して下さいね。

写真の狛犬は、田辺の『八立稲神社』のものです。
母の友人Sさんと一緒に熊野古道の跡を歩いた時に立ち寄りました
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# by mangorico3 | 2007-01-01 08:02 | メキシコ雑学
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こんな風景を、公園や地下鉄の駅付近でよく見かけます。
焼いているのはgorditas(ゴルディータス)と呼ばれる、とうもろこしの粉で作ったお菓子。
5個10ペソ(約100円)で売っています。
買って食べてみると、ほんのり温かくて、素朴な甘さのあるお菓子でした。
他にも、同じ形をしているのですが原材料は小麦粉とnata(ナタ、牛乳を温めた時にできる膜)というお菓子や、というもろこしの粉で作ったクッキーもありました。
素朴な手作りのお菓子は、小さい頃に食べた日本のお菓子を思い出させる、懐かしい味です。
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# by mangorico3 | 2006-12-29 08:21 | メキシコ雑学